スペインと建築の話

スペインと建築の話を中心にします。

スペイン視点でみる16世紀イギリスのエリザベス外交

イギリスは世界の中でも外交が上手い国と言われています。

勢力均衡政策といって、一つだけ強い国がヨーロッパの中に生まれないよう、バランスをとる外交政策を代々してきました。

 

イギリス外交の精神は16世紀のエリザベス女王が育んだとされています。

 

エリザベス女王外交政策はイギリス外交のバイブルになっていますが、実はスペイン視点でみると「ひどい!うざい!」という感じでかなり興味深いので本日はその話をしていきます。

イギリス視点だと「すご!巧妙!」という外交です。

 

 

スペインは「太陽の沈まない帝国」としてぶいぶい言わせていましたが、このエリザベス女王の時代ころから財政難が顕在化し、イギリスにアルマダ海戦で負けてからはさらに衰退していきます。

スペイン人の中には、このアルマダ海戦の件でいまだに反英感情を持つ人もいるとかいないとか。。。

本日は「スペインがアルマダ海戦に負けるまでのイギリス外交の巧妙さ」について取り上げます。

 

本日の目次は

カトリックによるヨーロッパ支配を目指すスペイン

ネーデルラントを絶対に守るイギリス

・イギリスの対スペイン政策

です。

 

カトリックによるヨーロッパ支配を目指すスペイン

1566年にスペイン帝国の王と神聖ローマ帝国皇帝を兼任していたカルロス1世(カール5世)が退位し、息子のフェリペ2世神聖ローマ帝国意外のスペイン帝国領を継承しました。

このフェリペ2世カトリックによるヨーロッパ統一を目標としていました。

 

しかしヨーロッパの北の方ではルターの宗教改革によりプロテスタントの勢力が増していきます。1555年には「アウクスブルクの和議」が開かれ、プロテスタントの信仰が認められました。この際に信仰が認められたのはルター派のみ。カルヴァン派は含まれていませんでした。

 

カトリック派のフェリペ2世カルヴァン派を迫害します。また、スペインはネーデルラントに重税を課していたため、スペインへの不満が高まります。

そんな中1566年にネーデルラントカルヴァン派による聖像を破壊する運動がおこり、スペインはこの混乱を鎮めるため、ヨーロッパ一の猛将と呼ばれる貴族、アルバ公と当時の最新装備を備えた5万の陸軍をネーデルランドへ派遣しました。

 

ネーデルラントを絶対に守るイギリス

一方、この頃のイギリスはスコットランドとフランスから国を守るのに大変な状態でした。エリザベス女王が即位した1558年前後にイギリスはヨーロッパ大陸の領土、カレーを失い、フランスは英仏海峡の南岸の支配下におさめたところでした。

 

イングランドスコットランドは対立しており、「敵の敵は味方」の精神で、スコットランドとフランスは同盟関係にあり、イングランドは二人の敵に挟まれている状態でした。

 

しかし、エリザベス女王即位の翌年にスコットランドで起きたプロテスタントの反乱を利用し、イングランドスコットランドを衛星国として支配下に入れることに成功したのです。

 

ほっとしたのもつかの間、イギリス防衛の要所であるネーデルラントにスペインの大軍事力が派遣されました。

スペイン軍の目的はネーデルラントプロテスタント鎮圧ですが、イギリス外交のモットーは 「意図に関係なく、軍事力の存在は脅威とみなす」 です。

 

「何とかスペイン軍を撤退させたい!」けど「スペインがいなくなったせいでフランスがネーデルランド支配下におくようになったら困る!」

 

というわけで、何とかスペインとフランスという大国2つからネーデルランドを死守しつつ宣戦布告はされないようにする外交を行いました。

スペインの邪魔をこっそりしながら、フランスとスペインの力が拮抗するように調整してお互いに警戒させる、という作戦です。

 

ちなみにイギリスはネーデルランドが支配されそうになると焦るというか、絶対にネーデルランドを強い国の支配下に置かないようにします。

この時のスペインに対してもそうですが、フランスのルイ14世やナポレオンも、第一次世界大戦のドイツも、ネーデルランドが侵攻されると動き出すのがイギリスです。

 

イギリスの対スペイン政策

イギリスは、フランスとスペインそれぞれとこっそり話をつけ、どっちにもうまいことを言っていました。

 

まずフランスとは「ブロア条約」を結び、フランスとイギリス合同でネーデルランドプロテスタントを支援し、2国でネーデルランドの一部の領土を得るという取り決めをしました。つまり対スペインの条約です。

 

同時に、イギリスはスペイン船を襲っていた私掠船、海賊をイギリスの港から追放する令を出しました。これはスペインに対する善意のアピールです。

また、スペインとの秘密交渉で「フランスがネーデルランドに足を踏み入れたらイギリスはスペイン側にまわる」という密約をかわしました。

ただし、このときのスペイン側に出された条件が「ネーデルランドからの撤退」です。

 

一見、フランスを裏切ってるようですが、「ネーデルランド自治の確保」という大義名分を確保!というのがイギリスの作戦になります。

 

 

イギリスはスペインのために海賊を追放と書きましたが、実はこの海賊とエリザベス女王は裏でつながっています。エリザベス女王の意志の下、スペインの補給線や新大陸への民間船を襲っていました。

また、追放後もこの海賊たちはネーデルランドへ拠点を移し、フランスの侵攻に対する予防線となっていました。

 

イギリスこわ!

 

他にも「黒いスペイン」と呼ばれるようなスペインの悪い噂を流して国際信用を落とすといったこともやってます。黒いスペインについてはまた後々別記事で書きます。

 

のちのちアルマダ海戦でスペインの無敵艦隊アルマダ)にイギリスが勝利します。これが大英帝国の興隆開始の節目とも言われています。

というわけで今回はここまで!

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。